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小説 『重加算税』 ≪ 第2章 売上除外 ≫
−第 3 話 ( 特 調 )−
第2話 ( 内偵 )にもどる
昨年7月の人事異動で、松島は同じ西南税務署の法人第
2部門の 『 特調 』 に抜擢されていた。
『 特調 』 とは、 『 特別調査担当 』 のことで、
「 大口不正想定事案 」 や 「 調査困難事案
」 を担当する部門である。 西南税務署の 『
特調 』 は4人で構成されている。 税務署の規模にもよるが、
『 特調 』 は小規模署では 2人、大規模署では 4人と言った構成が多い。 4人の署では、通常2人ずつのペアとなり、調査に当たるのである。
松島は 4人の内サブリーダーの地位にいた。 リーダーは
2歳年上の先輩である。
リーダーとサブリーダーは大変な重圧の中で、調査事績を重ねていかなければならない。 当然、他の税務署の特調との競争も大いに気にしなければならない。 特にそうした、事績の競争が指示されている訳ではないのだが、四半期に一度送られて来る各署の特調の事績が気になり、自分にムチを打つのである。
出した事績により出世が左右されるものでは無い。 と言われるが・・・・。 特調まで拝命して、惨めな事績では大きな顔をして一般部門の連中とも話しが出来ない。 また、特調は調査部門の顔である。 その特調が元気がなければその部門自体が元気がなくなるものである。
松島はペアの毛利と 『 ホテルあさひ 』 の調査着手を、連休明けの
5月 6日月曜日の 9時と決定した。 今日がその日である。
一般部門の調査は、現金商売などの例外以外、原則として、事前に税理士を通じて調査の予告をする。 これが
『 事前通知 』 である。
事前通知は、税務署に法律で事前の通知を義務付けているものではない。 税務署が無用なトラブルを避けるため、税理士会等との協議で約束しているものにすぎない。
特調はこの事前通知を行わない。 松島はこれが好きであった。 わずらわしい事前通知は性に合わなかった。 しかし、逆に事前通知をしないため、社長が不在で調査できない場合もある。 従って特調は、社長の在社すると思われる、曜日・時間を考え調査着手するのである。
今回の着手は 10時ではなく、 9時にしたことには
2つの理由があった。 1つは 10時では、泊まりの客が出て行く時間帯となること。 もう1つの理由は事前の外観調査で、月曜日の
11時までには、銀行が連休の売上金を回収に来ることであった。
「 ホテルあさひ 」 はマンション型のホテルではなく、広い敷地に三角屋根のペンション風の建物を並べ、周りを綺麗に植木で飾った造りである。
松島は、毛利を連れてホテルの事務所をノックした。 ドアの鍵が解除する音がし、少しドアが開けられた。
「 西南税務署の者ですが・・・・。」 そう言いながら、松島はすでに中に入り掛けていた。 事務所と言っても、ホテルの入口にある部屋で、ガラスのはまった小窓から、車の出入が見える
、6畳位の広さしかない部屋である。
ガラスの窓は、30センチ四角位で、作為的に客の顔が少ししか見えないように、客に気を遣っているのである。
松島は、わざとこの窓から見えない場所に立っていたのである。
風体が判ると、その姿から税務署と判り、鍵を掛けたまま時間稼ぎをして、証拠を隠す社長がいるからである。
社長らしい 50前後の男がいた。 いや、正確には
51歳である。 社長の年齢はとっくに、頭に叩き込んでいる松島であった。
「 社長さんの 『 朝日登 』 さんですね。 西南税務署の
『 特調 』 の松島と言います。 法人税の調査でお伺いしました。
」
決して 「 西南税務署・法人第 2部門の松島です。
」 とは言わない。 一般の納税者に 『 法人第
2部門 』 が何をしている部門か判るはずもない。
しかし、 『 特調 』 と言えば、何となく 「 コワイものに当ってしまった!」
と感じるはずである。 言わば先制パンチである。
勿論、強制捜査の 『 査察 』 とは違う為、
「 これから査察を行います。 外部との連絡は一切取らないように。 全員、一切の書類
・ パソコンに手を触れないようにして、窓際に立ってください。
」 なんてことは言えない。
特調と言えども任意調査なのである。
社長の朝日は、 「 無礼な 」 と言った表情と、戸惑った表情の両方を滲ませていた。 松島は、一応の説明をして、これから調査に着手することを告げた。 また、それと同時に、関与税理士に連絡するよう社長に勧めた。
社長が関与税理士に電話をいれると、松島は自ら税理士に挨拶した。
税理士は 『 神田悪太郎 』 である。 神田は 「 事前通知もなく・・・・
」 と怒鳴りかけて来たが、特調の松島と判り、トーンを下げてきた。
松島は、早速連休の間の売上現金について
『 現金監査 』 を行った。 『 現金監査 』
とは、 『 現金確認調査 』 とも言い、実際の現金を、種類ごとに数え確認する調査である。 現金の確認は社長に行わせる。 通常は現金には手を触れない。 「
無くなった。」 とケチを付ける、姑息な納税者がいるからである。
一応の現金監査が終了した時、松島は言った。
「 社長、申し訳ありませんが、1万円札だけもう一度私が数えていいですか。
」
「 ああ、いいですよ。でも、間違いありませんよ。
」
「 念のために・・・・ 」
松島は、土曜日に自分が内定調査で使用した1万円札を探していたのである。 松島は、新札の肖像画の鼻のホクロと眉間のホクロに、針で穴を空けて目印にしていたのである。
松島の 1万円札は 2枚のうち 1枚しか見つからなかった。 しかし、松島はそのことをすぐには追及しなかった。
そのとき、突然ドアが開き、 『 神田悪太郎
』 が飛び込んで来た。
神田は真っ赤な顔をして、息を切らせていた。
「事前通知はどうした。」
「何をやっているのか。」
「俺が来ない内に勝手な事をするな・・・・」
一人で息巻いている。
松島は、神田の言動が一腹したところで、静かに言った。
「先生、お久しぶりです。 は色々とお世話になりました。」
神田は、松島と目を逢わそうとはせず、同行している毛利調査官をターゲットに睨みつけている。
普通なら、松島も税理士が来た段階で、税理士と雑談の1つもするのであるが、今回は神田をできるだけ相手にせず、調査を進めた。
「 社長、先週の事務所の人員配置を教えて下さい。」
「 先週ですか? 先週は夜の 9時から朝の
11時頃まで私がこうしてここに待機して・・・・・」
大筋、昼間は社長の妻か長男が勤務し、夜は社長が勤務していた。 銀行が来て現金を回収したら、家に帰って寝るのが社長の日課であった。
「 社長、夜に釣銭の小銭が無くなったら、どうするのですか?」
「 10時までなら、近くのパチンコ屋に両替に行くことがありますが、その後は、両替するところはありませんよ。 でも、パチンコ屋に両替に行くことも、1年に1度もありませんよ。 釣銭は金庫にいつも余るほど準備してありますよ。」
「 社長、売上の記録は、どうしているのですか。」
「 このように、メモ用紙に、部屋番号と時間を記入して金額を書いています。」
「 コンピューターで計算していないのですか。」
「 ええ・・・・」
事実、机の上には昨日のものと思われるメモの束。 そして正面のボードには、現在入室中の部屋の紙が並べられていた。
メモには、部屋の番号 ・ 車の入室時間 ・ 退室時間が書かれ、
『 延 』 の文字と金額、 『 食 』 の文字と金額等がメモされていた。
『 延 』 の文字は 『 延長料金 』 、 『
食 』 の文字は 『 食事 』 の金額を計算しているものだった。
その時、入室客からの内線電話が、けたたましく鳴り響いた。
第4話 ( 車番 ) につづく
* 登場する人物、団体等の名称及び業界用語は架空のものです。
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